明治日本の産業革命遺産、領土主権展示館見学

酷暑の中マスクをしながら汗をダラダラかきながら新宿若松町の産業遺産情報センターと虎ノ門の領土主権展示館の見学に行ってきました。気候が落ち着く頃に両館とも資料は用意されていますので、史実を再認識する意味で訪問されたらと思います。

①産業遺産センター:対象期間は1850~1910年の半世紀に日本が産業革命を達成したことの展示であり、製鉄・製鋼、造船、石炭産業の23か所の遺産群で登録されている。展示はZONE 1では江戸末期の西洋技術に接した時の日本の反応、ZONE 2では明治期に蒸気エネルギーを動力源として確保したこと並びに八幡製鉄と周辺の石炭確保、ZONE 3では端島炭鉱に特化した展示、これに朝日新聞と韓国が噛みついている様子。ZONE 1&2では昔物理の授業でエンタルピーを教わったなぁ~と思い出しながら、当時は相当の試行錯誤を繰り返しながら、技術の何たるかを習得した時期だったろうと思われ、圧巻は三池炭鉱・三池港の完成度が非常に高いことに驚愕する。さてZONE 3は遺産登録時に韓国に妥協したことに起因するが、どうにも朝日新聞が捏造した所謂「徴用工」の歴史が否定される事に相当反発している様子、元島民の説明も痛々しくも感じられた。明治の産業遺産の偉業なのに朝鮮人労働とは時代的に全く合わない、そんな事はお構いなしの人たちなんでしょう。館の説明では日本のメディアは時折見学に来るが、ZONE 1&2は素通りでZONE 3での展示にクレームをつけてくると嘆いてました。

②領土主権展示館:北方領土、竹島、尖閣は日本の主権が不法に侵されている旨の展示であり、外交文書を示した上で不法占拠している相手側の主張点を示しており、領土紛争を抱えているという漠とした認識を改めさせられる非常に分かりやすい良い展示館です。露・朝鮮・中国と云った厄介な周辺国に囲まれているという認識で話合いで解決できる相手ではない。特に北方領土は日ソ中立条約にも関わらずヤルタ密約でソ連に参戦機会とソ連の主張する領土回復を英米が同意したことで二国間解決が実質的に不可能、戦後の米ソ冷戦構造、ロシア人移住による実効支配等で相当難しい。竹島は17世紀末には鬱陵島及び周辺の小島を竹島と考えていた様子で李氏朝鮮時代には鬱陵島への渡海禁止されていた中で安龍福なる人物が密航して日本に連れ帰られた時に日本と領土交渉し朝鮮領にする合意を得たと後の送還後に供述している旨、韓国らしく史実にないことを根拠に主張している、密航者と交渉するなんて有り得ない。戦後にサンフランシスコ講和条約直前に日本の主権がなかった時の一方的な李承晩ライン後の不法な武力占拠であることは周知の史実。尖閣については19世紀末から50年程九州の古賀一族が尖閣所有し漁業・鰹節製造・海鳥捕獲等の事業を行っていたが、1940年以降無人島となってしまい、戦後72年迄アメリカに領有された。特設コーナーでは1920年中華民国福建の漁民遭難を尖閣で救助した事に対して中国から感謝状が送られ、その中で日本帝国尖閣と記載されている。いずれも武力による領土主権が侵されており、更には北朝鮮の拉致は主権侵害であることの覚醒、並びに憲法改正が強く望まれる。