私は日本人って危機の時は実によく纏まり危機を共有した強い国民だと感じています。
先ずは平安時代の刀伊の入寇では当時の貴族宮廷は今の左巻き連中によく似ていて「平和、平和」と祈っていれば日本は永遠に平和であると信じ切っているような人達でしたが1019年、女真族とみられる海賊集団が対馬、壱岐、北九州市を襲撃して大量殺人、放火、略奪をし、346人を拉致していった大事件でしたが、たまたま眼病治癒の為に北九州に来ていた貴族の藤原隆家が九州の武士団を率いて必死に戦い撃退しました。
残念ながら九州武士団も藤原隆家も当時の血の穢れを嫌う京都の宮廷貴族達からはあまり褒美も労いの言葉もなかったようですが…。
次は元寇ですが1274年と1281年の二度にわたり日本はモンゴル帝国に襲われましたが最初の一回目は1274年10月に博多に上陸し占領しましたが翌日には撤退。目的は圧倒的な強さを見せつけて国交を結ぶ為だったから撤退しもたようです。日本はこのことから防衛体制を強化して1281年の再度の戦いでは勇敢なる鎌倉武士の戦いと暴風雨で元と高麗の連合軍は大きな被害を受けて撤退しました。
もし「モンゴル帝国」にはかなわないと戦いを選択しなくて最初から日本が降伏していたら今の日本は日本でなかった可能性もありますよね。時の執権、北条時宗と鎌倉武士達には感謝です。
戦国時代、イエスズ会の宣教師達が沢山日本に来ましたが彼等は神社仏閣を壊して教会を建て日本人女性を奴隷として貿易商人に売り飛ばし利益を得ていました。豊臣秀吉はそれを見て驚き宣教師達に神社仏閣を壊さないようにそして日本女性を日本に帰すように懇願しました。
秀吉は後にキリスト教の布教を禁止してますが秀吉はポルトガルやスペインがキリスト教を布教しながら日本を侵略するつもりではないかと本能的に感じたのだと思います。確かに当時は宣教師達は各国に布教しながら布教先の国が植民地にできるかどうかを母国やローマ教皇庁に報告するスパイの役目もしてましたから。
秀吉の後は徳川家康~家光がキリスト教に対して危機感を抱き完全にキリスト教を禁止にし日本は後の欧州で起こった宗教戦争に巻き込まれないで済みました(プロテスタントとカトリック)
最後は幕末の話ですが黒船来航以来、中国(清)がアヘン戦争で負け酷い欧米諸国にいいように食い物にされてる状態を知り日本が他のアジア諸国のように植民地支配されないように長州等々の武士たちが危機感を抱き紆余曲折を経て見事に明治維新を成し遂げ日本は欧米諸国の植民地にならないで済みました。
日本ほど危機を素早く察し危機を避けるべく行動した国は多分ないと思います。
今も色々な危機が日本にありますがこの素晴らしい歴史を持つ日本を日本人の子供達や孫達に残していけるように頑張っていきたいですよね。(Y)
