川内先生活動報告99.「出でよ、教育界の岡倉天心」

「川内時男先生の活動報告」をしてきましたが、ご紹介が遅れ遅れで現在までのところまでに(32)までしかご紹介できていません。

それでこの際過去のものは飛ばして最新のものからご紹介してゆきたいと思います。それで

(32)から(99)に飛ぶことにします。途中のものはまたおいおいご紹介していく予定です(仁)。


川内時男先生の活動報告
(元徳島県公立中学校校長)

99、出でよ、教育界の岡倉天心(拡散希望)
 自国がもつ価値に気がつかない日本人、とはよく言われます。
他国に比べて誇るべき点が数多あるのに、それに気づかず、
ひたすら欧米文化を崇めて自国を卑下しようとする姿勢は謙虚にも見えますが、
度が過ぎれば卑屈でしかありません。多分「自国を誇るなどは古い考えであり、
右翼思想に通じ、文化人のすることではない」と思っているのでしょう。
 近年はマスコミ報道を通じて日本人のレベルの高さが海外で評価されていま
すので幾分風向きが変わってきたように見えますが、自国否定の体質は基本的に
変わっていないように思います。
  江戸時代の天才浮世絵師葛飾北斎の絵がゴッホやゴーガン、そしてピカソにも
大きな影響を与えたことはよく知られていますが、当時の日本人はそんなことは
意識になかったようです。
 ヨーロッパ人が初めて浮世絵を目にしたのは、日本から送られてきた陶器の緩衝材
として詰め込まれていた「浮世絵の紙くず」でした。
ヨーロッパ人はその絵を見て芸術性の高さに驚いたということです。
これがきっかけで浮世絵が広くヨーロッパに知られるようになり、
浮世絵の収集がブームになったのですが、あるヨーロッパ人が浮世絵の原版を所望
したところ、何と日本では「浮世絵の原版など価値なし」として風呂釜の燃料にして
しまって、ほとんど残っていなかったと言います。なんという大それたこと!猫に
小判とはこのことでしょうか。
  明治になったばかりの一時期、廃仏毀釈という運動が起こりました。
これは仏教寺院・仏像・ 経典を破棄・破壊して仏教を廃する運動のことです。
これによって仏教に関係する宝物・美術品、歴史建造物などが甚大な被害を受けました。
貴重な経典は包装紙として使われたり、興福寺の五重塔に至っては「たき木用」にと、
わずか二十五円で売りに出されたといいますから驚きです。
価値ある仏像なども二束三文で売られ風呂の薪にされたりしました。
 この危機を救ったのが時の文部官僚岡倉天心でした。
急激な西洋化の荒波が押し寄せた明治という時代の中にあって、
我が国の美術のレベルの高さと、それが西洋で高く評価されていることを知っていた彼は、
美術行政家、美術運動家として近代日本美術の保護・発展に力を尽くしました。
価値ある文化遺産が失われていくことに一人の美術家として耐えられなかったのでしょう。
彼のおかげで仏典や仏像など、多くの美術品や文化遺産が後世に残されたのです。
 海外で評価されるまで自分の価値に気づかない日本人は一事が万事この調子です。
文化でも科学技術でも、あるいはお国柄でも教育でも、本来珠玉に勝る価値がある
にも関わらず、欧米で認められなければ無価値とされ、ぞんざいに扱われるのです。
  
 我が国の伝統教育がまさにそれです。
明治期に我が国を訪れた欧米人は日本の教育を観てその質の高さに驚嘆し絶賛していたのですが、
戦後になってから日本人はその教育を惜しげもなくうち捨て、
日本のお国柄を考えることなく、ひたすら欧米の教育を真似ました。
結果は無残と言うほかはありません。
 これを「戦後GHQの陰謀」という人がいますが、たとえそうであったとしても、
今は主権回復してすでに70年、教育復興の機会はこれまで何度もあったはずです。
にもかかわらずこれを放置してきたのですから紛れもなく日本人自身の責任です。
教育は国の礎、このままでは我が国は衰退する一途です。
日本の教育は目覚めなくてはなりません。出でよ、教育界の岡倉天心!