投稿:『リベラルなら許す』(2)

投稿:『リベラルなら許す』(2)をお送りします。

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(五)

鳥越氏には、リベラルから見ると許せない過去があるのです。

と打ち込めば、動画を見ることができます。

テレビ朝日の「北朝鮮帰国者から拉致被害者」というテレビ番組です。

動画だけで、何の解説もありません。いつ制作されたのかも、はっきりとは確認できませんでした。この番組名を打ち込んでも、この動画以外には何もヒットしないのです。何か都合が悪くて隠さなければいけない事情がありそうです。

四時間半にわたる大作ですが、全部見ないと狐につままれたような不思議な気持ちで終わってしまうでしょう。

拉致事件について、懇切丁寧な解説をしています。

ドキュメンタリーを挟んで、だいたいは三人のジャーナリストの対談です。三人とは鳥越俊太郎、赤江珠緒、それに朝日放送(テレ朝?)の石高健次プロデューサー。

北朝鮮による日本人拉致を詳細に紹介し、北朝鮮の非道を訴えています。ともかくも上のURLを打ち込んでみて下さい。

四時間以上の長い長い番組ですから、私は何回にも分けて見ました。

 

私はこの一件を以て、鳥越氏を見直しました。

これを見ると、北朝鮮がどんなに無茶苦茶な国であるかが分かります。どうしてもっと、宣伝されないのでしょうか。拉致関係のビデオとしては、「めぐみ」に並ぶ名作です。

どうも制作者側が、こんなものを作ったことを後悔して、表に出ないように隠している節が感じられます。

北朝鮮批判はリベラルが決してしてはいけないことなのです。リベラルは、「日本は昔朝鮮韓国に対して悪いことをしたのだから、拉致くらいされたって文句を言ってはいけない」と主張し続けなければなりません。

それに逆らったのですから、反日リベラルから見ると裏切り者です。

もっとも、この「北朝鮮帰国者から拉致被害者」は、(解説がないので分からないのですが)、相当昔の番組らしく、その後、氏が北朝鮮寄りに転向したということも考えられます。

それにしても、こんな過去があるから、リベラルは鳥越氏を完全には信頼できなかったのかも知れません。

そういう過去があった所へ、スキャンダルが出て来たので、捨てられてしまったのでしょうか。でも、それも穿ち過ぎの観があります。

この謎の裏には、いかにもリベラルらしい闇の中の蠢動があったように思われます。

(六)

さて、鳥越氏が女性問題でポシャってしまい、都知事選から降りるかどうかと問題になっていたとき、リベラルが差し替え候補を出馬させようと画策しました。

この新しいリベラル候補がなんと俳優の石田純一氏だったのです。

石田純一といえば、奔放な女性問題で知られています。「不倫は文化だ」と名言を残した人です。女性を裏切るなど、道義的に問題のある行為を繰り返しています。

女性問題で躓(つまづ)いた鳥越氏の差し替え候補として石田氏を持ってくるとは、あの連中、どうしてしまったのでしょう。石田氏が出馬していたら、得票数は鳥越氏よりはるかに少なかったでしょう。リベラル陣営もそれを悟って、結局は断念したのです。

もちろん、石田氏をそんな問題があるにも拘わらず出馬させようとしたのは、氏が、安保法制反対のデモに参加するなど、リベラルの立場を鮮明に打ち出していたからです。

ここでも、リベラルだから許されたのです。

それにしても、世論から叩かれると思わなかったのかしら。

(七)

鳥越氏は北朝鮮を悪魔だとはっきり言ったのです。そりゃあ、火あぶりの刑でしょうよ。

ところで、北朝鮮といえば、鳥越氏とは反対に、全国民に謝罪しなければならない犯罪者がたくさんいます。「拉致は存在しない」と言った土井たか子氏がその代表ですが、筑紫哲也氏もほぼ同罪。

また姜尚中氏などは、拉致発覚(二〇〇二)の後、「私は拉致がないと言ったことはない。拉致の証拠はないと言っただけだ」と卑劣な弁明をしています。

一方、こちらは、北朝鮮ではなく、中国の問題ですが、東大教授・丸川知雄氏は「ウイグルでジェノサイドが行われている証拠はない」と言っています。証拠が出て来たら、姜尚中氏と同じ弁明をするつもりでしょう。反日東大教授としては、坂本義和氏(「坂本義和 Wikipedia」を参照)以来の驚くべき発言でしょう。

 

かつて北朝鮮の代弁をした人々は、みんなそれなりに糾弾されています。

大江健三郎氏さえ、先年亡くなった際には、過去の発言を取り上げられて、相当な批判を浴びました。

大江氏は昭和四十年に次のように金日成を褒めたたえています。

 

《北朝鮮に帰国した青年が金日成首相と握手している写真があった。ぼくらは、いわゆる共産圏の青年対策の宣伝性にたいして小姑的な敏感さをもつが、それにしてもあの写真は感動的であり、ぼくはそこに希望にみちて自分およぴ自分の民族の未来にかかわった生きかたを始めようとしている青年をはっきり見た。》

 

「小姑的な敏感さをもつが」という記述は、笑えるというか、ため息が出るというか、かの国に阿諛追従した人なのに、自分は批判的な目で見ていたと言っているのです。

よくも、よくも。

「小姑的な敏感さ」は日本に対して持っているのでしょうが。

さすがに、今では、インタネットを見ると、かつての名声は地に堕ちています。

(八)

そんな中で、相変わらず聖人のように讃えられているのが吉永小百合氏です。

(続く)

 

(八)以降は投稿(3)でお送りします。投稿(3)で完結です。