『はだしのゲン』その問題を考える(2)

次に具体的に問題箇所を挙げて分析してみよう。私が読んだのは中公文庫コミック版(全7巻)である(他にも汐文社版・全10巻、ほるぷ版・全10巻、中公愛蔵版・全3巻などがある)。以下は問題と思われる登場人物の発言(括弧内は中公文庫コミック版の巻とページ〔頁〕数を付記したもの)である。天皇陛下批判、日本軍批判、日本国内にいる見えざる敵への憎悪について挙げていく。

【天皇陛下批判】

ゲンの父・中岡大吉「天皇陛下もくそもあるもんか わしら あすのめしが食えなくて死にそうなのに…天皇陛下がめしがくえなくて泣いたことがあるか!」(第1巻178頁)

ゲンの母・中岡君江「なん百万人もの日本人の命を犬死にさせた天皇陛下を あ…あたしゃうらむよ…」(第2巻348頁)

ゲン「その数千万人の人間の命を平気でとることを許した天皇をわしゃ許さんわい」「いまだに戦争責任をとらずに ふんぞりかえってる天皇をわしゃ許さんわいっ」(第7巻152頁)

ゲンの友人・勝子「殺人罪で永久に刑務所に入らんといけん奴はこの日本にはいっぱいおるよ」「まずは最高の殺人者天皇じゃ」「あいつの戦争命令でどれだけ多くの日本人アジア諸国の人間が殺されたか」(第7巻371頁)

左派系日本人は天皇陛下批判をし、「天皇の戦争責任」と声高に叫ぶ。しかし天皇陛下批判は、日本人のアイデンティティー(自分とは何か)を否定することである。なぜなら日本という国は、「神話が今現在も続く王朝(天皇家)に直結している特異な国」(『増補決定版 日本史』渡部昇一より)であり、『古事記』『日本書紀』に書かれた伝承は今なお日本人の精神(信仰、考え方)になっているからである。皇室の起源である天照大神が祀られている伊勢神宮、神武天皇が即位された橿原宮は橿原神宮として今日も尊ばれている。神武天皇のお言葉「六合を兼ねて都を開き、八紘を掩いて宇となさん」(これからは国中一軒の家のように仲良くしていこう、という願い)より生まれた「八紘一宇」はこの前の大戦でも生きていた。

渡部昇一氏は『増補決定版 日本史』の中で次のように述べておられる。「『古事記』『日本書紀』は先の敗戦まで日本人の歴史観の根底にあった。少なくとも、敗戦までの一千数百年にわたり、日本人は自分たちの歴史を『古事記』『日本書紀』によって認識し、それに従って行動してきたのである。神話を事実と考える現代人はいないだろうが、それを信じた先人達が日本を動かしてきたのだという事実はしっかり認識すべきだろう」(47頁)