『安倍晋三回顧録』を読んで その2

大きなビジョン「自由で開かれたインド太平洋」と「QUAD」

安倍元総理は国内だけでなく海外に向けても大きなビジョンを打ち出した。それが2016年に提唱した「自由で開かれたインド太平洋」の構想だ。インド洋と太平洋を一体としてとらえる「インド太平洋」という地域概念を初めて公式に提唱したのも安倍元総理である。「自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)」として登場したときは、既存の海洋秩序に対してそれを乱す中国を牽制する戦略だった。しかし中国と経済的関係をもつASEAN諸国が尻込みしたため、「自由で開かれたインド太平洋構想」としたのである。その構想は法の支配に基づく自由で開かれた海洋秩序の実現を目指して、インド太平洋地域の国々で協力するというものだ。

また日米豪印の4カ国は、インド太平洋という海洋の権益を守っていく責任がある。その具体的な協力としてクアッド(QUAD)も掲げた。このQUADについては安倍内閣で長く官房長官を務めた菅義偉前総理が「安倍さんは大局観、歴史観、先見性とあらゆる能力が卓越していましたが、その能力すべてが結実したのがQUADの構想であり、その実現でした」と述べている(月刊『Hanada』2023年8月号)。

また経済の面でも「金融緩和」「財政出動」「成長戦略」の三本の矢と位置付けた経済財政政策(いわゆるアベノミクス)も実行した。最初は相当批判されたが、雇用の伸びもあり、成果を上げたのである。

長期政権においては海外首脳たち(オバマ、トランプ、メルケル、習近平、プーチン他)との意見交換、ときに丁々発止のやり取りがあった。そのあたりも詳しく語られている。面白かったのはトランプ大統領とのやり取りだ。実業家だったトランプは「なぜ米国が西側諸国の負担を背負わねばいけないのか」という考えを持っていた。そのトランプに安倍元総理は「NATOも日本も協力するから自由世界のリーダーとして振舞ってほしい」と説いてきた。またトランプは電話で政策の相談をしたりゴルフの長話をしてきたそうである。