『はだしのゲン』その問題を考える(5)  

ゲンは「数千万人の人間の命を平気でとることを許した天皇」と言うが、「大東亜戦争開戦の詔勅(米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書)」を読むと昭和天皇がやむを得ず開戦を決意されたことが分かる。長文になるため、ウエッブサイト「日本まほろば社会科研究室」による「開戦の詔勅」のポイントをまとめたものを記す。 ①米英との対戦は支那事変が原因である(中国問題の解決)。 ②米英は蒋介 続きを読む…

『はだしのゲン』その問題を考える(4)

【日本国内にいる見えざる敵への憎悪】 「戦争を起こした」という国内への見えざる敵を想定し、その敵への憎悪もひどいものである。 ゲンの父・中岡大吉「軍部のやつらが金持ちにあやつられ 武力で資源をとるため かってに戦争をはじめて わしらをまきこんでしまった」(第1巻19頁)、「ひとにぎりの金持ちがもうけるため国民のわしらになにひとつ相談もなく かってにはじめたの 続きを読む…

『はだしのゲン』その問題を考える(3)

【日本軍批判】 日本軍への批判も甚だしい。戦後もいわゆる「軍国主義」風を吹かせた者を登場させて、それをゲンらが批判する形もとっているが、最終巻(第7巻)ではゲンが中学校の卒業式の場で、「君が代」斉唱を拒否し、天皇批判、日本軍批判を言い立てている(以下ゲンの言葉)。 「天皇陛下のためだと言う名目で 日本軍は中国 朝鮮 アジアの各国で約三千万人以上の人を残酷に殺 続きを読む…

『はだしのゲン』その問題を考える(2)

次に具体的に問題箇所を挙げて分析してみよう。私が読んだのは中公文庫コミック版(全7巻)である(他にも汐文社版・全10巻、ほるぷ版・全10巻、中公愛蔵版・全3巻などがある)。以下は問題と思われる登場人物の発言(括弧内は中公文庫コミック版の巻とページ〔頁〕数を付記したもの)である。天皇陛下批判、日本軍批判、日本国内にいる見えざる敵への憎悪について挙げていく。 【 続きを読む…

『はだしのゲン』その問題を考える(1)

今年の3月に広島市教育委員会が広島市立学校で使用している副教材「ひろしま平和ノート」から『はだしのゲン』の部分を削除することが話題になった。この本は10年ほど前の2012年にも松江市教育委員会によって誤った歴史認識を与えるとして学校図書室から撤去されたことがあった(その後閲覧制限の撤回)。2013年には「新しい歴史教科書をつくる会」が有害図書として教育現場か 続きを読む…

「平和は大事、ではその大事な平和を維持するには?」

東京の下町に生まれ、映画「三丁目の夕日」の様な環境で育った私は、当時(昭和30年代)はまだまだ親族や近所の付き合いが濃厚の中で繰り返し親族や近所の人達から、一晩で10万人が焼き殺された「3月10日」の大空襲の事を耳に胼胝ができるほど聞かされてきました。父はこの空襲で弟、妹4人を亡くし母は祖父母、従妹、仲の良かった友人を亡くし近所の人達もそれぞれ身内を亡くして 続きを読む…

「平安貴族と穢れ思想」

YouTubeで作家の「井沢元彦」さんの歴史動画がやっていたので見てみました。そこで、ふと昔(かなり前ですが)「井沢元彦」さんの著書「逆説の日本史」を何冊か読んだ事を思い出しました。読んだ中で私が特に印象に残った内容がありました。 それは平安時代に一度だけ日本が攻められた事件です。「刀伊の入寇」と呼ばれ1019年に壱岐、対馬、北部九州に海賊とみられる女真族が 続きを読む…

『安倍晋三回顧録』を読んで その3

戦後70年安倍首相談話 保守派にぜひ読んでほしいところは、戦後70年の安倍首相談話だ。戦後50年のいわゆる「村山談話」とは大きく異なる。村山談話は日本だけが植民地支配をし、アジアの諸国の人々に多大の損害を与えたから「私は、心からお詫びの気持ちを表明」するとしている。しかし安倍首相談話では、当時の世界の中の日本という視点が入っている。世界恐慌、経済のブロック化 続きを読む…

『安倍晋三回顧録』を読んで その2

大きなビジョン「自由で開かれたインド太平洋」と「QUAD」 安倍元総理は国内だけでなく海外に向けても大きなビジョンを打ち出した。それが2016年に提唱した「自由で開かれたインド太平洋」の構想だ。インド洋と太平洋を一体としてとらえる「インド太平洋」という地域概念を初めて公式に提唱したのも安倍元総理である。「自由で開かれたインド太平洋戦略(FOIP)」として登場 続きを読む…

『安倍晋三回顧録』を読んで その1

安倍晋三元総理が銃弾に斃れて1年。命日の7月8日には増上寺へ献花のため参拝した。献花台に向かう参道には安倍元総理の大きな写真が展示されていた。もうこの世にはおられないと思うと深い悲しみに襲われた。 今年2月に出版された『安倍晋三回顧録』は大きな反響を呼んでいる。2020年10月から21年10月まで計18回、36時間にわたるインタビューの記録である。 内容は多 続きを読む…